Still Echo

いつの日かダブトランペッターと呼ばれるようになった

トランペッター
こだま和文

トランペット
シルキー S32GP

Interview & Text Ryo Isobe
Photographs Mayumi Hosokura

トランペットを買ったのは、中学二年のときだった。新聞配達をして自分で買うからと頑張ったものの、二ヶ月しか続かず、自分で用意できた金は五千円だけだった。結局母は、何も言わずに、六万円もの大金を出してくれたのだった。白い発砲スチロールの容器に詰められた、買ってもらったばかりのトランペットがうれしくて、別売りのケースが届くまでの間、枕もとに置いて寝ていたことを思い出す。  ベッドから体を起こし、楽器の掃除を始めた。ピストンをはずし、バルブオイルを注入し、タオルを新しいものに取り替えて拭いてやった。メッキははげ落ち、ところどころ小さなキズもあるが、あのときと同じように、油の混じった特有のにおいを発していて、五年間のさまざまな思いが染み込んでいる。 
小玉和文『スティル エコー 静かな響き』(廣済堂出版)

小玉さんのトランペットは 悪い血を流すための ナイフのようだったよ 
岡崎京子『東京ガールズブラボー』(宝島社)

ビームスの40周年を記念してつくられた、東京ファッションスタイル史を、その時代時代を象徴するミュージシャンの演奏をバックに振り返っていくMV“TOKYO CULTURE STORY”の、1983年からのパートにこだま和文は登場する。あるいは、マンガ家・岡崎京子が80年代前半の東京のサブカルチャー・シーンを舞台に描いた『東京ガールズブラボー』のクライマックスは、こだまもメンバーだったダブ・バンド、ミュート・ビートのライヴを体験するシーンだ。そこでの、岡崎によるこだまについての批評はあまりにも有名だが、彼のトランペットが奏でる鋭利で物悲しいトーンは、往々にして、時代の先端を生きる都市生活者の孤独を表現するものと理解されてきた。しかし、こだまが淡々と書き綴ってきたエッセイや、最近ではツイート、そして、2016年10月に行われた、現在の彼のバンド、KODAMA AND THE DUB STATION BANDのワンマン・ライヴのタイトル『日々の暮らし DUB』からは、その一方で温もりのあるメロディこそが、市井の人々の暮らしに寄り添ってきたことが分かるだろう。現在、61歳のこだまに、トランペットというパートナーについて話を訊いた。


このトランペットはいつ頃から使われているのでしょうか?

いつからだろうな……。ミュート・ビートをやり出した頃だから、もう……。

えっ、そんなに長いんですか。

そうだよ。1、2年で取り替えるようなものではないからね。

ただ、管楽器だと凹んだり、錆びたりすると思うんですが。

だから、毎日手入れをしてるし、時々は修理に行ったり、大事にしながら使ってるよ。

ミュート・ビートの結成が82年ですから、30年以上は使っていると。

もう30年になるのか。

それは、トランペットの使い方としては普通なんでしょうか?

いや、楽器を好むひとはしょっちゅう買い替えたりするんじゃないかな。僕はこの30年ぐらい前に買ったものと、それから10年ぐらいして買ったまったく同じ型のもの、2本を交互に使ってる。

じゃあ、岡崎京子さんが『東京ガールズブラボー』で描いたトランペットはこれなんですね

あの頃は買い替える前かもしれない。それは生まれて初めて買ったもので。

初めてトランペットを買ったのは中学2年生でしたよね。60年代の終わり頃でしょうか。今のトランペットを30年以上使っているのに比べると、随分、早く買い替えたようにも思えるのですが。

それはアマチュアレべルのものだったからね。でも、大事に使って、随分頑張ったんだよ。で、いよいよ「音楽で生活していこう」となった時に、もっと良いものを買おうと思ったんだな。最初のものは母親に買ってもらったのが、自分のお金で買おうと思えるぐらいの稼ぎにはなってたしね。それでも、勇気のいる金額だったけども。そんなに高いものではないよ。バイオリンやフルートに比べれば。でも、当時のお金で40、50万はしたんだよ。売っているものの中でいちばん高いものを選んだからね。詳しいひとに言わせれば、もっとマニアックなものがあるみたいだけど。あるいは、カスタマイズして、100万とか200万とかかけるひとも。

ギターのようにヴィンテージのものはあるんでしょうか?

あまりないんだよ。金属だから、段々と腐食していく。メンテしながら大事に使ってるけど、例えばヴァイオリンのように、このトランペットが僕が死んだ後、他のひとの手に渡るようなことはないだろうね。

使い込むと音も変わってくるんでしょうね。

僕は気にしないけどね。

ちなみに、このトランペットを買ったお店は覚えていますか?

今でもそこに、修理に持って行ったりするしね。新大久保の管楽器屋さんなんだけど。あの街には管楽器屋が集まってるんだ。ポピュラーなものから、マニアックなものまで。修理専門のところもあるしね。……それにしても、楽器の話は何だか気が乗らないなぁ(笑)。僕は楽器が好きじゃないんだよ。

好きじゃないのにずっと付き合ってるんですね。

だから、もうちょっと好きになれたらいいんだけど。金属だからっていうこともあるんだと思うよ。いくら使い込んでも、風合いみたいなものを感じないんだね。メッキが剥がれるぐらいなもんで。というか、そもそも、ミュージシャンのくせに楽器に執着がないんだ。

あえてトランペットを吹かず、他の楽器を使っていた時期もありましたよね。カリンバだとか。

それこそ、最近は歌も歌い始めたからね。まさか自分が歌うとは思ってなかったけど。

自伝の『いつの日かダブトランペッターと呼ばれるようになった』というタイトルからも、トランペットとの微妙な距離が感じられます。音楽好きの間では、こだまさん=トランペットだと思うんですが。

たまたまトランペットがお金を稼ぐ手段だったっていうことかもしれない。あまり思い入れがないんだよ。でも、しょうがないよな。これ(トランペット)が出来たんだから(笑)。

むしろ、思い入れがないからこそ、同じものを使い続けているということなんでしょうか? 買い替えるまでもなく、気付いたら35年経っていた、みたいな。

まぁ……(しばらく考え込んで)日々、使い慣れたものを使いたいということかなぁ。


現在、61歳。考えていることに、年齢が追いついたという感覚はあるんでしょうか?

いや、おかしなもんで、むしろ、実年齢と自分の気持ちっていうものの間にもの凄くギャップがあるよね。自分の稚拙な感覚はあまり変わらないわけでさ。だけど、物理的にというか、生き物としては時間が経つと劣化していく。実質的に歳を取っていってるってことだよ。それなのに、自分の内面は……「オレはまだ若いぜ」って意味ではなくて、あまり成長をしない自分っていうものが見えてくるから。変な感じがあるよ。今の自分と何十年か前の自分の気持ちに変わりがなくてさ。そのアンバランスさが襲ってくるというか。

歳月を経たからといって成長するわけではないというのは、先程のトランペットの話と同じなのかもしれませんね。ちなみに、この楽器には寿命があるのでしょうか?

あるだろうね。日々、劣化してるんだから。トランペットって、中心部が三つのバルブで出来てるんだよね。それは車のエンジンみたいなものだし、壊れたら厳しいんだよ。でも、今ので35年持ってるわけで……また楽器の話になってるね(笑)。

“パートナー”についてのインタビューですから。

ありゃあ。

トランペットに関して“パートナー”という呼び方はしっくりこないですか?

パートナーねぇ。まぁ、僕は結婚してるから、彼女もパートナーなわけだけど。でも、何が本当のパートナーなのかと言ったら、もうひとりの自分だよ。いつも自分を見つめてるもうひとりの自分がいるんだよ。演奏をする時もそうだし、普段もそうだし。それが本当のパートナーなんじゃないかって思う。

“彼”が演奏の善し悪しをジャッジする?

ある時はね。踏み外す時はそいつがいなかったりさ。表現者にとっては、自分がやったことを疑ってみるっていうことが大事だったりするんだ。


※PARTNERS Issue #1より抜粋した記事になります