東京を中心に独自のカルチャーを形成するファッションブランド<C.E>のクリエイターたちには、はっきりとした肩書がない。千駄ヶ谷に位置するワンフロアのアトリエで飛び交う会話の中から次第にアイデアが生まれる。プランやシーズンテーマなんてものは存在せず、自由な環境と、ある意味無責任なその場その場のクリエイションが<C.E>の世界観を作り出している。
この<C.E>を牽引するのが、スケートシング、トビー・フェルトウェル、そして菱山 豊。うち一人でも欠けてしまうと<C.E>は成り立たないだろう。グラフィックデザイナーとして活躍し、かつて<ア ベイジング エイプ>のアイコニックなロゴを制作したり、<シュプリーム>にもグラフィックを提供するなど、日本のグラフィックデザイン史を語る上では欠かすことができないスケートシング。またトビー・フェルトウェルはイギリス出身で、レコードレーベルの立ち上げや国際弁護士の資格も持つ異色の経歴の持ち主で、<C.E>以外にも多数のブランドやアーティストのコンサルティングも行う。そして菱山 豊。スケートシングとトビーの大きな存在感の陰に隠れがちではあるが、菱山は重要な役割を担っう。というのも、3人の中では唯一服飾の教育を受けており、パターンを引いた経験もある。さらに古本屋で勤務したこともあり、印刷物、特に雑誌などをディグる趣味のせいか、カルチャーにかなり精通し、豊富な知識とアイデアを持っている。
この対談が行われたのは、2016年。南青山にフラッグシップショップがオープンする約一カ月前のことだった。アトリエの近くにあるアットホームなカフェでビールを飲みながら雑談が始まった。スケートシングは言う。「やりたいことをやるには、責任を持たないことが大事。だから3人でやることは自分に向いているんだよね」。
<C.E>の3人のうち、菱山さんの背景をいまいち分かってないので、そこからお聞きしたいです。スケシンさんとトビーさんとは<ビリオネアボーイズクラブ>(※NIGOⓇとファレル・ウィリアムスが2003年に立ち上げたブランド。以下BBC)の時からの付き合いですよね?
菱山: そうですね、<BBC>に入った時から。もちろん名前はその前から存じあげてたんですが。
菱山さんの最初のキャリアは?
菱山: 90年代に文化服装学院を出てから、人の手伝いで働いて、その後に<サキャスティック>ってブランドでちょっと働いたりとか、一時期は本屋に勤めたりとか……。そんなに面白いキャリアじゃないですよ。
トビー: ヒッシーは<C.E>で唯一のファッション系。
菱山: たしかに、この中で唯一パターンを引いたことがある。
自分でブランドをやろうという気は?
菱山: なかったです。<C.E>を始めたのはなんでだろう。
トビー: みんな自分でやりたいとは……
菱山: きっと思ってなかったですね。
トビー: まったくやりたくない。しょうがなく。
2011年にしょうがなく<C.E>を始めた経緯は?
菱山: <BBC>の時には、ファレルやNIGOⓇさんから「こういうの」ってお題みたいなアイデアがあって、そこからトビーさんが中心に考えてなんとか服に、コレクションにしてた。それがわりと抽象的なお題で、それをなんとか服にすると、「あ、こうなったんだ」っていうプロセスが面白かったんです。その<BBC>が日本でなくなるってなった時に、そのプロセスをなくしちゃうのはもったいない、もう少しやってみたい、ってはじめた記憶があります。会社登記したのが2011年7月で、その前にTシャツを1型くらい作ったのが、震災後もう2カ月とかでしたっけ。
トビー: そうだね。<ア ベイジング エイプ>(※以下エイプ)が買収されて、<BBC>が終わって、震災で、っていうのが短いあいだに起きたから。それで生まれてきたんだよね、たぶん。
スケートシング: すごいスピードでやったんだよね。
トビー: その頃はしつこく話してたね、ドイツビール飲みながら。
スケートシング: だいたいビール飲みながら考えたアイデアだったね。
それぞれの<C.E>での役割を教えてください。
菱山: トビーさんはコンセプトを作る人。スケシンさんはそれを受け取って広げる人。枠組みを作って、それを広げたり壊したりする人。僕はそれを具体的な形にする人、だと思うんですよね。
スケートシング: トビーはリーダーシップとってディレクションして、菱山くんは実際のプロダクションをやってる人だよね。ほんと優れてる。僕は超ありがたいですよ。やりやすいというか。
トビー: 服作りとグラフィックデザインのスキルがこのふたりにはあって、でも僕にはないんだよね、そういう具体的なスキルが。
菱山: でも選択肢ができた時にどっち行くかって決めるのはだいたいトビーさん。
トビー: だからプロデューサー役?
スケートシング: それぞれパートがあるっていうのはバンドっぽいですね。
トビー: いいこと言うね。
スケートシング: 急に歌い出してね。
トビー: だけど結局、毎回違うから、はっきり役割は決まってないし、こういう服作ろうよってアイデアは出すし。偶然性っていうか、できあがっちゃった感が大切だから。
菱山: チャンス・オペレーション。フォーマットが決まっちゃうと、それをくり返すことに意味がないじゃんって思うタイプだから、みんな。前やったことじゃん、ってなるとプロセスが変わる。逆に同じことになると不安になっちゃう。
スケートシング: だいたい忘れちゃうからね。なんか、ほぼ思いつきですね。
トビー: 勝手に分かんないところでできあがっちゃうというのが一番いいんだけど、それにちょっと近い。なんかもうできたじゃん、って。
スケートシング: こういうのができるっていうのが分からないでできるっていうね。分からないままやってるんで、それがいいかなと。ある意味無責任。「ヘー!」ってびっくりする時あるもんね。
トビー: サンプルが上がる時、「いいじゃん! 誰が作ったの?」って。
スケートシング: すっごい上手い人の絵を見て、真似して描いてがっかりすること多いじゃん。うぉー、全然下手くそ!って。毎回そういう感じするけどね、やってること。全然技術がないってショックだよね。でも忘れてまたやりたくなるの。
最初に描いていた<C.E>のビジョンは“偶然性”でしょうか?
トビー: 当時は偶然性というか、<C.E>っていうものが探せばどっかにあるような、自分達が作ったものじゃなくて、調べたら出てくるというような、意外なリンクが出てくるパターンを最初はすごく大切にしたいかな。メッセージがどこかにあるっていう。
菱山: もともとのビジョンっていったらあれですけど、フィリップ・K・ディックの小説に出てくる未来を予知する預言者のプレコグみたいな、女の人がちょっと考えてるポーズのスケッチがあって、こういうポーズはどういう映画にあるだろうって探したら、イタリアのジャッロ映画(B級サスペンス)に辿り着いた。
トビー: シンちゃんにこういう絵を描いてほしいってイメージはあるけど、僕があんまり上手にスケッチできなかったから、具体的な写真を色々探せば絶対ぴったりのがあると思って。まず、こういうポーズはヒッチコックの映画にあると思って、けっこう観たんだけど、ちょうどいいのがなくて……。それで、どっちかというと下手くそな演技っぽいじゃん、って考えるとB級映画だねって。それでジャッロに。それをベースにして描いてもらった。
スケートシング: なるほど。
トビー: 忘れてた?(笑) 正確にはジャッロじゃないんだよね、B級映画だけど。スペインの映画監督のジェス・フランコとか、女優のマリサ・メルとか。
スケートシング: そのへんは大分掘り下げたもんね。ずっと観てたからね。いつ寝てんだろってくらい観てた。
そこでスケシンさんが絵を描いてイメージが固まってきた?
トビー: そうだね、最初は一つのイメージがあれば、けっこう。
<C.E>の名前はフィリップ・K・ディックの小説『ユービック』から取られたそうですが。
スケートシング: ディックの小説を急にトビーが読みだしたんだよね。Kindle買ったとかいって。
トビー: Kindle買って、最近小説読んでなかったから読みやすい簡単なものから始めようと思って、じゃあディックを読むかって。
スケートシング: 意外にいい、って。
トビー: 読むブームがあったけど、だんだん難しい本になっていって、最終的に確実に読めないものになっちゃうんだよね。2ページくらい読んだら眠いような、ラカンとか買って、グー……。
スケートシング: あのへんの難しい本のジャンル、出てくるからね、人の話にたまに。
トビー: 読みたいけど不可能だね。だから飛行機にちょうどいいんですよ。ラカンを持っていけばすぐ寝ちゃうからね。
スケートシング: 飛行機に置いとけばいいんだよね、1席に1冊。ラカン。
トビーさんの読書ブームはふたりに伝染してますか?
スケートシング: それは影響あるんじゃないですか。
菱山: これは面白いって聞いたら読めるやつは読む。
トビー: 買ってたよね、バタイユ。
菱山: そうそう、『眼球譚』とか有名なのしか読んだことなかったから。読んだらたしかに面白い。ちょっと構造主義っぽい社会の話とか、贈与経済の話とか、ポップに書いてある。『呪われた部分』だったかな。
トビー: パート2はまだ読んでない。パート1はけっこうスナッピーで。バタイユは基本的に哲学者じゃないから。
菱山: 秘密結社作ったりポップな人だから。
トビー: あとSM的なね。まあこんな話関係ないよね(笑)。読むのはすごい好きですけど、行き止まりゾーンに入ってきて、それでもう止めて、しばらく読まないってパターンが多い。ディックは子供の時に読んで面白いSFだなってイメージだったけど、大人になって読むディックはあまりに世界が大きくて、不思議な感じでした。けっこう“ディッキー”な感じだったね。
菱山: “ディッキー”(笑)。
スケートシング: だからそういうのは反映されますよ。
トビー: 基本的にオブザーバーだよね、私達は。だから別にブランドをやりたくなかったんでしょうね。かなり野心の低い3人です。
野心が低いわりにもう<C.E>は5年以上続いてますね。
スケートシング: <BBC>から数えたらもっと長い付き合いですからね。好きだねえ洋服がって。これしかできないんです!って。
トビー: 最初は映画でも作ろう、音楽もしたい、って言ってたね。
スケートシング: でも戻ったね。
トビー: 結局、ブランドを作ってるんだね。洋服は作るけど、その洋服を売るためのすべてがブランドの一部じゃん。だから洋服だけを作ってるってわけじゃない。
菱山: イベントに招待するDJの選択から……。
トビー: だからブランドっていうのは何か、っていうのはこういう仕事のひとつですね。ブランドを問う。今ブランドをやる面白さは、そういうことだと思うんだけどな。結局ファンタジーワールドみたいな感じ? ディズニーランドみたいな。<C.E>の想像の世界で、みんなが<C.E>を着てるような。そこでみんなどういう音楽聞いてる?とかね。
菱山: 趣味に合う情報だったりなんなり。
トビー: それを作るのが面白い。洋服を通してブランドも作れるってことが面白い。ブランドっていうのはコンシューマーも参加してるわけだから。
菱山: 我々だけじゃできないからね。
スケートシング: オンラインゲームに近いかもね。一緒に戦う。やったことないけど。
※PARTNERS Issue #1より抜粋した記事になります